2021年12月20日

誰でも間違った判断をするものです〜評価誤差の話


『「いい会社」への成長支援!』の成戸です。
ご愛読ありがとうございます!
今週も会社経営と人事労務のヒントをお伝えします。

◎誰でも間違った判断をするものです〜評価誤差の話

評価誤差のお話は、もうとっくに日記に書いたものと思っていましたが、自分の記憶の中だけであったようです。まずはじめに、このように人の記憶も曖昧であるということですね。

評価誤差というのは「人事評価において評価者の主観評価や印象評価によって評価結果に誤差が生じることである。」と言われていますが、これから説明する内容は、会社での人事評価に限定する必要はありません。普段の人や物事を見聞きしたり体験した時、これらに自身で意味づける際に間違いを起こす、典型的な例を挙げています。

逆を言えば、これらの誤差(ミス)をしないように物事を評価し判断できるようになれば、原因と結果を正しく見ることができるようになり、判断を間違えることもなく、間違えた時も修正がうまくできるようになると思います。

・ハロー効果
ひとつ優れた点があると、その印象に引きずられてその他の評価も影響を受けてしまうこと。
例えば、偏差値の高い有名大学を卒業しているという点がジワジワと影響して、全く関係ない部分まで高い評価をしてしまうような状態。大学出ているから性格もいい?スポーツもできる?それは関係ないですよね。

私の知り合いの弁護士さんは幽霊の相談も受けたことがあるそうです。「夜な夜な壁から手が出てくるけれどどうしたら良いでしょう?」と…流石に弁護士さんでは分かりません。相談者は弁護士は凄い人だから、何でも解決してくれる、と思ったのでしょうね。

・論理的誤差
似たようなことがあると、関連付けて考えてしまい、事実ではなく推論(論理)で判断してしまうこと。
不良と付き合っているから性格が悪いに決まっているとか、既に犯罪を犯しているはずだ、はおかしいですよね。
論理的誤差の中にハロー効果があると思っていただいてもいいでしょう。

追記すると、もっと困った人は推論に推論を重ねます。1回目の推論自体で正確度合いは低いはずが、2回目の推論で見当違いの結論を下す、とんでもない帰結を語る人が居ます。
例えば事象に全く関係ない第三者が推論に推論を重ね、当事者を無視して勝手に腹を立ててネット上に書き込み炎上させ、訴訟にまで至る例もありますね。

または論理的誤差を理解しつつ火のないところに煙を立て扇情的な記事を書くネット記者が分かりやすいでしょうか。記事が一見正しいように見えるのは推論の中に含まれている理屈が普段使われている馴染みの論理展開であり各所で正しく使われているからです。総論としては実際に間違っているのに、各論では正しいために、すべて正しそうに見える。コロナでもトンデモ情報が錯綜しています。

仮に会社内で意図的にあえて論理的に正しくないが正しいように見せかけ、扇情的言動をする者がいるとすれば、注意して発見・対処しなければなりません。恐ろしいことです。

・寛大化傾向
評価が甘いこと。往々にして、評価者が自分のスキルに自信がない場合に起こる。
時には従業員を大切にしようとしている経営者や上司が陥ることもある。
実際には正確にその人を見て正しく評価することによって、褒めるべき部分、注意し反省してもらい、成長してもらいたい部分を正しく指摘することができます。
現状をすべて褒めて終わらすことなく、成長してもらい本人の幸せにつなげることこそが教育なのではないでしょうか。
優しさの履き違えてはいけません。ただし、本当の優しさが伝わるとは限らない、そんな時もありますが、相手に愛情を持てるとしたら、伝わるように繰り返すことですよね。

・厳格化傾向
寛大化傾向の反対。
評価全体が厳しい状態。組織であれば組織の評価の甘辛の中心「平均的な状態」のようなものを話し合い、評価者全員で目線を合わせる必要があります。

論点はズレますが、最近は厳しい上司が好まれない時代ですね。叱られ慣れていない若者は、厳しい指摘に耐えられません。辞めてしまいます。事実ベースの指摘であっても、何とか語彙柔らかく、ただし正確に説明しなければならない、となると語彙力も必要です。
もちろん「この人に言われたら受け入れられる」という関係を結ぶこともとても大切です。その意味でも評価誤差を無くしましょう。

・中心化傾向
評価が中央に集中してしまう事。厳しい優劣をつけられず、日和見的な評価結果になること。
評価を正しくできる自信が無いため、とりあえず無難な評価にすること。
自信をつけるために評価制度を正しく学び経験を積むことも必要です。
別の視点から、日和見しなければならないような弱い立場、権限しか持っていない、もしくはさらに上の上司の支援を受けられないなど、他の傾向もそうですが、様々な可能性を想定し、確認しなければならないでしょう。

・対比誤差
評価者の得意・不得意分野(考課者自身を基準に評価者と対比)によって評価が甘くなったり辛くなったりする傾向。
自分の得意分野ならは細かく指摘できる。自分が得意ならば「お前まだまだだな」と言える。強気に厳しく評価することができてしまう。反面不得意分野は甘くなってしまう。
そもそも評価者である上司が自分自身と被評価者である部下を比較してはなりません。評価は評価項目に合わせて行うものです。評価項目とは「あるべき姿・ありたい姿」であり、評価する側も評価される側も合意できるような内容であるべきです。

・近接誤差
評価期間中の数カ月前の印象は薄く、最近の印象は薄くなり、最近の様子を中心に評価すること。全体の評価が正しくされていない。
昔、とても素晴らしい言動をした過去があったとして、最近の小さな失敗の方を重視されて「あいつはダメだ」大きく否定されてしまっては、いたたまれないですよね。

少々話はズレますが「昔俺はこの会社に大きな貢献をした。だから今は仕事をそんなにしなくても高い報酬をもらえるんだ(働かなくてもこの会社に居ていいんだ)。」と言う理屈は通じません。大きな貢献をした際の給与と賞与によって、すでに報われています。今は今の働き方によって評価されるべきなのです。

こうして評価誤差一覧を見れば誰でも似たような間違いをしているのではないでしょうか。
全ての誤差においての対策は「事実確認」「原理原則に従う」ことです。
思い込み、感覚に惑わされることなく事実確認をして修正すること。
ルールがあれば、これから逸脱しないようにすることです。

感情であっても「私はこう感じた」は否定することではなく、ただ「相手はどう感じたのか」も合わせなければ、一方的な押し付けになります。非接触型コミュニケーションが増えた現在、思った以上に感情のすれ違いがあると意識した方が良さそうです。

ルールとは言えなくなったものの中に社会一般常識がありますので、ここは気を付けましょう。「普通、こうあるべき」はあなたの中にしか無いようです。相手の「普通」とは違う、その前提で接することでしょう。そうすれば必要以上の怒りや落胆もないと思います。ただ説明し合えばよいことです。

さて、仮に会社で上司や経営者が、これらの評価ミスを繰り返して言うとすると、従業員の能力や人柄や、その想いも理解できないはずです。

つまり、従業員から言わせれば(例えば)「正しく評価してくれていない」「そもそも私を見てくれていない」あたりから「社長・上司が私を信じてくれない」「会社を信じられない」になり、「(給料を支払ってもらうために)言われたことだけ仕事をすればいいや」のように負の連鎖が生まれる可能性があります。

1つのボタンの掛け違いが大きな断絶を生むこともある。
そうならないためにも評価誤差に気を付けましょう。物事を正しく見るには訓練が必要です。お互い、心掛けて生活したいものです。

お役に立ちましたか?今日はこのへんで。
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成戸克圭「いい会社」研究ホームページ
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posted by なると at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | なると社会保険労務士